大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福井地方裁判所 平成2年(ワ)111号 判決

主文

一  被告らは、原告らに対し、別紙物件目録一、二記載の各建物を収去して同目録三記載の土地を明渡せ。

二  被告藤尾繁郎は、原告らに対し、別紙請求金目録二記載の金員及び平成二年五月一日から右土地明渡済みまで一か月金一一万六三八〇円の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

理由

第一  請求

一  主位的請求

1  主文第一項と同旨

2  被告藤尾繁郎は、原告らに対し、別紙請求金目録一記載の金員及び平成二年五月一日から右土地明渡済みまで一か月金一一万六三八〇円の割合による金員を支払え。

二  予備的請求

1  被告藤尾繁郎は、原告らに対し、別紙請求金目録一記載の金員を支払え。

2  原告らと被告藤尾繁郎との間において、別紙物件目録三記載の土地に対する賃料が平成二年五月一日以降一か月金一一万六三八〇円であることを確認する。

第二  事案の概要

本件は、建物所有目的の土地賃貸借契約につき、適正賃料額及び借主の信頼関係破壊を原因とする契約解除の可否が争われた草案である。

一  争いのない事実等

1  原告らの先代である松平綾子は、昭和三七年一〇月一日、被告らの先代である藤尾定尾に対し、同女所有にかかる別紙物件目録三記載の土地(以下「本件土地」という。)を次のとおりの約定で賃貸して(以下「本件賃貸借契約」という。)引き渡した。

(1) 目的 非堅固建物所有

(2) 期間 昭和四二年九月まで(但し、借地法二条により同期間は三〇年とされるものである。

(3) 賃料 1か月金七九七五円

(4) 支払方法 毎月二五日限り当月分を持参払する。

2  藤尾定尾は、本件土地上に別紙物件目録一、二記載の各建物(以下「本件建物」という。)を所有していたが、同人は平成元年六月二六日に死亡し、相続によりその権利義務を承継した被告らが本件建物所有権を取得し、本件土地を占有している。

3  原告らは、松平綾子(昭和五四年一一月二七日死亡)の遺贈により本件賃貸借契約の賃貸人たる地位を取得し、被告藤尾繁郎は、藤尾定尾から相続により本件賃貸借契約の賃借人たる地位を承継した。

4  昭和四八年四月一日に本件土地の賃料は一か月金二万一八二二円(坪当たり金一五〇円)と改定されたが、同年度以降の本件土地の固定資産税及び都市計画税の各税額は別紙賃料等目録の同欄記載のとおり増加を続け、松平綾子ないし原告らは、藤尾定尾に対し、右各税額の増加等に伴い、従前の賃料額が不相当になつたとして、昭和五〇年一月分以降の賃料につき、同目録の各増額請求日欄記載の時期ころに同欄に対応する各月額賃料欄記載の月額賃料額のとおり増額する旨順次意思表示をし、各意思表示は、いずれもそのころ藤尾定尾に到達した。

5  これに対し、藤尾定尾ないし被告藤尾繁郎は、右各賃料増額請求を不服とし、平成三年法律第九〇号による改正前の借地法(以下「借地法」という。)一二条二項に基づき、昭和五〇年一月分以降の賃料につき、別紙賃料等目録の各供託月額欄記載のとおり、昭和四九年度の月額賃料(金二万一八二二円)と同額の供託を続け、平成元年九月分以降の賃料については、月額金四万三六四四円を供託するに至つた。

6  原告らは、平成二年三月二九日、有限会社松平管理を代理人として、被告藤尾繁郎に対し、同年二月分までの不足賃料として合計金一三二八万九五一四円を七日以内に支払うよう催告するとともに、右期間内に支払わないときは、賃料不払と背信行為を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、同年四月五日が経過した。

二  争点

1  賃料増額請求当時の相当賃料(適正賃料)額

2  藤尾定尾ないし被告藤尾繁郎による前記の各供託額は、借地法一二条二項の「相当ト認ムル」賃料額ということができるか。

3  藤尾定尾ないし被告藤尾繁郎の行為により原告らと同被告間の信頼関係が破壊されたものと認められるか。

4  昭和五〇年一月分から昭和五九年一二月分までの各賃料債権につき、消滅時効が成立するか。

第三  証拠《略》

第四  争点に対する判断

一  相当賃料額について

1  甲二四(鑑定評価書)には、本件土地にごく近接する原告らの賃貸物件であり、本件賃貸借と条件がほぼ同等と認められる、福井市《番地略》の宅地(三〇四・九五平方メートル)についての適正賃料額(月額)は、昭和五〇年四月一日の時点で坪当たり金四七九円、昭和五三年四月一日の時点で坪当たり金六〇二円、昭和五六年四月一日の時点で坪当たり金六八四円、昭和五九年四月一日の時点で坪当たり金八四〇円、昭和六二年四月一日の時点で坪当たり金八一三円、平成元年四月一日の時点で坪当たり金九〇九円である旨の鑑定結果が示されているところ、同鑑定書は、昭和四八年当時の合意賃料が公租公課に比してあまりに低額で不合理であるからスライド法によつて適正賃料を算定することは妥当ではないとし、利回り法により、底地割合を更地価格の五〇パーセント、対象地域の慣行的利回り率を〇・八五パーセントとして右各適正賃料額を算出しており、右はいずれも相当な方法及び数値であると認められ、本件賃貸借についても基本的に妥当するものと考えられる。

そして、前記各増額請求にかかる賃料額(坪当たりの月額単価)は、いずれも右各鑑定額を上回らないものである。

2  税額との比率について

前示の別紙賃料等目録によれば、各増額請求にかかる賃料によつて算定される年間賃料額の当該年度の税額に対する比率は次のとおりとなる。

(1) 昭和五〇年一月当時 約一・五倍

69万8304円÷46万1934円=1.512

(2) 昭和五一年四月当時 約一・五倍

82万9236円÷55万4321円=1.496

(3) 昭和五二年七月当時 約一・六倍

96万0168円÷60万0515円=1.598

(4) 昭和五四年七月当時 約一・七倍

109万1100円÷63万8047円=1.710

(5) 昭和五七年七月当時 約一・七倍

117万8388円÷70万1837円=1.679

(6) 昭和六〇年七月当時 約一・五倍

126万5676円÷86万8015円=1.458

(7) 昭和六三年六月当時 約一・五倍

136万0210円÷91万1416円=1.492

右のようにいずれも公租公課の二倍以下であり、一般に継続的賃貸借において、支払賃料に占める公租公課の割合は三割から四割とされていることからすると、右各増額請求にかかる賃料額はいずれも相場の賃料額に比して低廉ということができる。

3  以上によれば、前記各増額請求当時の適正賃料額はいずれも各増額請求額を上回ることになるから、右請求額をもつて相当賃料額と認めることができる。

そうすると、各増額請求当時の相当賃料額(月額)は次のとおりとなる。

(1) 昭和五〇年一月 金五万八一九二円

(2) 昭和五一年四月 金七万二七四〇円

(3) 昭和五二年七月 金八万七二八八円

(4) 昭和五四年七月 金九万四五六二円

(5) 昭和五七年七月

金一〇万一八三六円

(6) 昭和六〇年七月

金一〇万九一一〇円

(7) 昭和六三年六月

金一一万六三八〇円

なお、各増額請求自体の適法性については、いずれも従前の賃料額が、公租公課等に比して不相当になつていたと認められるから、有効にこれをなしうるものと認められる。

二  供託額の相当性について

借地法一二条二項にいう「相当ト認ムル」地代とは、客観的な適正額ではなく、借主が自ら相当と認める額であると解すべきであるが、その供託額が適正額に比して著しく低額であるときは、同項にいう相当額の供託とはいえないものと解される。

これを本件についてみるに、藤尾定尾ないし被告藤尾繁郎は、昭和五〇年一月分から平成元年八月分まで、一四年間余にわたつて、月額金二万一八二二円(坪当たり金一五〇円)宛の供託を続けたものであるところ、右供託額は、既に昭和五〇年度の時点で公租公課の約五七パーセント(26万1864円÷46万1934円=0.567)、適正賃料額の三七・五パーセント(26万1864円÷69万8304円=0.376)という著しい低額であつたほか、その比率は、順次低下していき(例えば、昭和六一年度は、公租公課の約三〇パーセント、適正賃料額の二〇パーセントである。)、平成元年九月分から供託額を倍増して月額金四万三六四四円としたものの、著しく低額であるという評価自体に影響はなく、結局、右一連の供託は、借地法一二条二項にいう相当額の供託とは認められないものといわざるを得ない。

三  信頼関係の破壊について

右認定のとおり、藤尾定尾ないし被告藤尾繁郎は、著しく低額な供託を一五年間余という長期間、漫然と続けていたものであり、その態度自体が背信行為というに足りるものであるが、更に、《証拠略》によれば、昭和五〇年一月以降、賃貸人側からの頻繁な適正賃料の支払請求や税額増加等の明細に関する説明を受けながら、前記供託を続けたこと、被告藤尾繁郎は、平成二年二月二六日、原告らの代理人である有限会社松平管理に対し、(不足賃料一三二八万九五一四円を請求されていることにつき)それまでの供託分を除いて金五四一万一八五六円を支払うから残額は破棄されたい、同年三月分以降の賃料を月額金七万二七四〇円とすることを承諾されたい旨の回答をし、これは最終回答であると通告するに至つたこと、右金額はいずれも税額に満たないものであつたことがそれぞれ認められる。

右藤尾定尾ないし被告藤尾繁郎の態度は、賃貸人に対して根拠のない経済的損失を強いるものであり、賃貸借関係において通常要求される信義に著しく欠けるものというべきである。

以上の諸点に徴すると、原告らと被告藤尾繁郎間の本件賃貸借関係における信頼関係は、破壊されたものというほかなく、原告らの前記契約解除の効力を認めるのが相当である。

四  消滅時効の成否について

被告藤尾繁郎の主張は、昭和五〇年一月分から昭和五九年一二月分までの増額分の賃料債権は、いずれも時効により消滅したというものである。

そこで検討するに、賃料債権は民法一六九条により五年の短期時効により消滅するところ、賃料の増額請求にかかる増加分についても本来の賃料の支払期毎に履行期が到来したものと解されるから、各支払期から五年の消滅時効が進行を始めるものと解すべきである。

そうすると、昭和五〇年一月分から昭和五九年一二月分までの増額分の賃料債権は、いずれも各支払期から五年を経過したことは明らかであるから、被告藤尾繁郎の時効援用によつて消滅したことになる。

五  以上の次第で、原告らの主位的請求は、被告らに対し、本件建物を収去して本件土地の明渡を求め、かつ、被告藤尾繁郎に対し、昭和六〇年一月分から平成二年三月分までの各相当賃料額から各供託額を控除した差額賃料(別紙賃料等目録の不足賃料月額欄記載のもの)及び借地法一二条二項に定める遅延損害金並びに賃料相当損害金を求める限度で理由がある。

なお仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判官 林 正彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例